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(Vol.041〜050) |
[1巻|2巻|3巻|4巻|5巻|6巻|7巻|新] Vol.050●チュウチュウ Vol.049●も〜カルシウム Vol.048●それは損なんだ Vol.047●ありがとうバカボンパパ Vol.046●玄米のパワー Vol.045●バンドの最初 Vol.044●引越には転校 Vol.043●日課 Vol.042●顔に見える Vol.041●大人になりたくない |
(みょ〜Vol.50)[1996/10/11] ●チュウチュウ |
小さいとき指を吸っていませんでしたか?眠るとき。泣いたとき。そして「これがない
と眠れない」って物がありませんでしたか。私、ありました。指も吸っていました。それは「赤い絹
の布きれ」。その布を触りながら指を吸っていました。そもそも私は「赤い物」が大好きな子でした。
食卓の上のおかずも「赤い」人参ばっかり食べていました。ママに「あっかい
の、あっかいの」と言って騒いでいたといつも言われます。今でも赤が好き。赤いタータンチェック
を見ると喜ぶんです。それはさておき、お裁縫箱に入っていた赤い小さい布を触ってしまった私。
それは絹だったのです。感触がよくてもう手放せない。私はそれを触りながら指を吸っていました。
スヌーピーに出てくる何とか君のようにいつも赤い布を持って歩いていたと親戚の叔母さん達は会う
と必ず言います。吸う指は左の親指。「指を吸う」人のほとんどが多分この左の親指だと思われます。
だって残ってる右手で何かを触らなければならない(人が多い)から、右利きの人はこうなるわけです。
そしてその吸い方というのは親指の関節と関節の間の部分を軽く歯で噛む。ほんのちょびっとだけ痛い。
でもその痛みがちょうどいい。困ったもんだ。だからタコができてた。吸うのを引退しても、しばらく
消えなかったタコ。どこへ行ってしまったんだろうあのタコ。それはさておき、聞くと指の“こう”
まで口に入れるという吸い方もあるそうです。様々ですねぇ。毛布のはじっこを触る人、ぬいぐるみの
鼻を触る人、ママの耳を触る人、いろいろですね。きっと奧が深いんですね。チュウチュウファンクラブ
でも作ろうかな。昔指を吸っていた人の集まりを。それはさておき、それで実は私は5年生までやめられ
ませんでした。だから歯も少し曲がってるところがある。というかママは曲がり歯は絶対指を吸ったせい
だと言い張る。楽しい思いをすれば何か難が出てくるのだ。やめなさいやめなさいと親に言われても隠れ
て上手に5年生までやっていた。すごい。なんて理性のないやつだろう。そしてどしてやめられたんだ
ろう。あんなに楽しかったのに。また復活してみようかなぁ。
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(みょ〜Vol.49)[1996/09/26] ●も〜カルシウム |
学生の時、私もいくつか委員をやりました。最初は小学2年生の時。忘れもしない給食委員
でした。ただ委員会にちゃんと出て連絡事項をクラスに伝えるという仕事をこ
なせばいいと思っていました。全委員が決定して、前に並ばされました。一人ずつ抱負など
を織り交ぜながら自己紹介をしました。私の番が来て、なんて事なく挨拶を終えたその時で
す。「順子ちゃん」が言ったのです。「牛乳をいつも残すのに給食委員なんて、おかしい
と思います!」と。
先生はそれを聞いて「そうだな、飲めるようにしような」と言いながら微笑みました。その
瞬間から憂鬱でした。そして給食の時が来ました。すごい緊張。最初に飲むか、最後に飲
むか悩みました。でも結局、困った顔をしていたので、隣の席の「かずえちゃん」に助けら
れる事になりました。彼女は私が牛乳を飲めるように考えてくれました。最初は、50cc。
牛乳瓶4分の1です。それに慣れたら量を増やしていこうというのでした。それでも私にと
っては50ccは沢山の量です。嫌いなんですから。でも応援してくれているかずえちゃんの眼
差し。鼻をつまんでエイッと飲みました。そしてすぐパンを食べお口直しをしました。
そうやって、成功しました。何ヶ月もかかりましたがだんだんと量を増やしていって最後は
無事200cc全部飲めるようになったのです。それでも最初に一気飲みして他の物でお口直しを
するパターンは変わりませんでしたけど。
それとテレビの『ロンパールーム』を見ていると最後の方でみんなでミルクを飲むコーナー
があったんです。それがとってもとっても甘みでもあるんじゃないかって思うほど美味しそ
うに見えて、同じ時刻に一緒に私も同じようなコップで挑戦してみたんですけど、やっぱり
まずかった。ただの牛乳だった。
今はどうかと言うと、そうです飲みません。誰にも怒られないしね。何か特別な事がない限
り牛乳を飲むという事はあり得ないという感じです。でも、牛乳は栄養がありますね。カル
シウムですね。足りていますか?とCMで問いかけられると不安になります。
いくら魚が大好きとは言え、カルシウムは足りているとは思えないです。
いつだったかNHKでやっていましたが、カルシウムが沢山摂れるのは「ごはん」と「豆」
の組み合わせそうです。牛乳よりも大きいそうです。それなら得意。一番好きな「白いご飯」。
それに納豆や煮豆やら豆腐やらを食べればいいんですよね。だいじょぶだいじょぶ。
でも、あこがれているのは冷蔵庫を開けたとき瓶に入った真っ白な牛乳です。
でっかい牛乳をグビグビッて飲むやつ。映画みたいでしょ。
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(みょ〜Vol.48)[1996/08/21] ●それは損なんだ |
3000円の物をバーゲンで1980円で売っている。奪い合い、それを買ったら1020円の得
だと喜んでいる人々。本当にそうでしょうか。私が感じるところによると、それは1980
円の損です。だって、それほど欲しいと思っていなかったのですから。まんまと買わさ
れてしまったのです。結局押入れにしまって使わなかったりするのです。「安かった」
という満足だけで喜んでいるのは変です。無駄です。な〜んて人様の喜びをケナすなん
ていけない事ですね。人の勝手ですよね。でも、でもね、すごく欲しくて欲しくて探し
求めていたのなら買いますけど、私は、安いからっていう事だけで、物を買うという気
持ちにはならないです。これってケチって言うのかな。ケチなんだ。異常なほど、ケチ
かもしれないです。“買う”って事が楽しいのは判っています。だけど限られたお金な
のだから、ジャンジャン買うわけにはいかない。なくなっちゃうのは寂しい。情けない
くらい“使う”って事ができない。
短大の時、毎日150円しか持っていかなかった。150円あれば学食でラーメンが食べられ
るし。友だちとお茶しようと誘われると「お金ないから、やめとく」と言うと「おごっ
てあげるよ」と言ってくれる。それを待ってるといういやらしい人でした。なんて奴だ
!
訪問販売なんかには絶対上手に対処する。その前に扉を開けてやんないもん。
電話でのセールスだってそうです。「今なら無料お試しできます」とか言ったって、
ひっかからないぞー。ちょっと暇な時は、さんざん聞いてから「要りません」と
言って突然電話を切ってやる。セールスマンは大変ですね。
買い物でストレス発散するのも判ります。でも私は違うかな。欲しかった物が手には入
ったら、すご〜く、たまらなく嬉しいけど。
“ちょっと買ってみた”みたいな買い物は、した事がないです。
ウィンドウショッピングが好きかな。買わないの。
幼い頃、年に何回か外食をしますよね。その時、お腹がいっぱいで食べきれないという
状況になっても、残すのが、すごく勿体なくて無理矢理食べました。社会人に
なって自分の給料をもらうようになって、やっぱり全然使わないのです。減らないので
す。一番の原因は洋服を買わないって事かな。アクセサリーに興味がない事もそうです
。好きな事にお金をかけるのは何とも思わないけど。68万円のエレピを買ったり、そう
だ、インターネットの電話代なんか驚きますよ〜。
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(みょ〜Vol.47)[1996/08/19] ●ありがとうバカボンパパ |
朝、太陽はどっちから昇るのか、どんな人でもすんなり出て来る。私はちょっと
違います。「♪西から昇ったお日様が、ひがし〜に沈む♪」という歌が頭の中で
流れます。そして西じゃない「東だ」って確信するのです。バカボンに助けられ
ている私。『天才バカボン』は大好きでした。あのパパが。あの人は、もう超越
してる。誰より。すごい人。私も、日々ああなりたいと思っています。難しい言
葉を並べて偉そうにふんずり返っている人より、尊敬します。そもそも「偉い」
という事って存在しないと思う。比べるとか、平均とか、そんなのおかしい。
みんな違う人なのに。どうして、ひとつにまとめて数値を出したりするのか。
頭がいいから偉いなんて、そんなの変だし。“頭がいい”って、何でしょう。
そんなのってないよね。点数が良ければいいなんて思えないし。いいとか悪いと
か、決めるのもおかしい。何が素晴らしいと思うか、それも人それぞれだし。
違うから面白いのにね。バカボンパパは考え方が良いです。世の中の人が争い
悩んでいる事でも何が大切なのかちゃんと判っていて単純な答えを出すのです。
「それでいいのだ」って。天才“はじめちゃん”が生まれたのも納得できます。
そんな事は誰もやってないからやらないとか、みんながやっているからやると
か・・・違う違う。違うよね。そういうセリフは嫌いです。
そう、私って“変わってる”って言われるのが大好き。言われると嬉しい気持
ちになる。“人と違う”って事が不安になる人がいるけど、私は違うんです。
誰かが何か言えば、違うことを言ってやろうとしてしまう。
誰かと一緒にされるというのは嬉しいですか?そんなの思わないよね?私は私
だもの。
だけど、話をしていて、素晴らしいと感じる物が同じだっていう人は、楽しいよ
ね。そんな人と、一緒にいたら楽しいかもしれない。きっと楽しいね。絶対楽し
い。
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(みょ〜Vol.46)[1996/07/29] ●玄米のパワー |
何年か前、私は玄米食にハマってしまいました。「チューリップ」の財津和夫さんの
書いた本を読んだからです。彼が実際に玄米食にして素晴らしかった事が延々と書か
れていたので、興味を持ってしまった私は開始してみました。何と!最初の一口
がとても美味しかったものだから、ハマってしまったのです。歯ごたえがあって本当
に美味しい。噛み応えのある物が好きなのです。夜だけ、玄米だったものが、朝昼晩
食べるようになりました。玄米を食べられない時は、本で玄米を出す店を探しそこに
食べに行くという感じでした。玄米食とは、奧が深く、玄米だけを、ただ食べていれ
ばいいというものではありませんでした。色々勉強しなくてはなりませんでした。
玄米についてもっと知りたくなって「食物学」という難しい本も読みました。それに
よると食べ物に限らず、この世の物は全て「陰」と「陽」で成り立っていると言うの
です。その定義には感動しました。どういう事かというと「動く」とか「暖かい」な
どは「陽」で反対は「陰」です。動く動物が「陽」の仲間で、それに対して動かない
植物は「陰」です。「陽」の中でも又、より「陽」の物とか「陰」の方向にある物に
分かれます。それで「陽」と「陰」の関係が、又、素晴らしい。例えば寒い大地つま
り「陰」の所には「陽」の食べ物がよく育つとか。「陽」と「陰」の食材を一緒に煮
ると良く煮えるとか。美味しくなるとか。太陽に近い「陽」の所で育つ植物は「陰」
で地面の下「陰」で育つ植物は「陽」です。だから果物は体が冷えるとか言いますよ
ね。昔からあるメニューは全てそれに当てはまるのです。「陰」と「陽」の分類の仕
方にもちゃんと理由があるし読んでいて本当に楽しかった。だけど玄米は一口を10
0回噛めと言うのです。すごく栄養がある物だから、おかずは一品でいいとか。黒ゴ
マを必ずかけて食べろとか。欠点はカルシウムが取れない事だから魚類をいっぱい食
べなきゃだめとか、肉は食べない方がいいとか。色々出てくるのです。ちゃんとした
玄米食を行う為にはとってもエネルギーが要りました。
まず玄米を炊くには圧力鍋じゃないとダメだったし、玄米を売っ
てるお店は「自然食の店」とか言って、ものすごく高いのです。そう、いつの間にか
「玄米食」というより「自然食」というものに入り込んでしまっていました。もうそ
こまで行くとマインドコントロールみたいに抜け出すのが大変。普通の食事が罪悪な
物に思えて、食べられなくなってしまいます。段々痩せて行く、でも玄米をよく噛む
からエラは張っていく。お見事でした。自力で何とか抜け出せたけど、有機野菜とか
無農薬とか菜食主義とかそんな事言っていると、何にも食べられなくなっちゃいます
よね、今の世の中。毎日インスタントものを食べまくってる訳じゃあるまいし、自然
食はそりゃいいけど普通の食事だって大丈夫だと思い直し、それに、そんな体に悪い
物にも勝ってもらうような強い体になってもらわなくちゃ。病は気からと言うし、精
神的に強くなろうと思ったのでした。でも美味しいのは確かだから、一度食べてみて
ね!玄米。
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(みょ〜Vol.45)[1996/07/19] ●バンドの最初 |
スタジオでバンドの仲間と演奏する事は、とっても楽しいと感じる事です。バンド
って一度やったらやめられない力を持っています。生まれて初めてバンドに入った
きっかけが、今思うと、ちょっとだけ不思議。それは短大の時でした。でも本当の
始まりは中学生に戻ります。中学生の頃って、男子はスポーツをやっているなら目
立つけれど、そうでない人はモサモサしている感じがして、でも文化祭とかで、今
まで見た事もない様な真面目な顔で自分の得意な事を披露していたりすると、一躍
人気者にのし上がったりしたものです。私の隣の席の松浦君がまさにそう。ギター
がめちゃくちゃ上手でした。彼はギターを弾くと光っていました。でも好きだった
とかではなくて、私が今まで勝手に家で弾いていたピアノの事を「初めて話しできる」
友達でした。そんなこんなで、月日は流れ、短大のある日。その日は、授業があっ
たのにもかかわらず朝、モヘア(親友)からの電話で渋谷の「美容院」に行こうと
いう事になり、サボって二人で出かけました。結局食べたりおしゃべりをしてしま
って美容院に行くのもやめてしまって、渋谷をフラフラ歩いていました。あの日。
道でバッタリ会ったのは、なんと松浦君。本当に何年か振りで驚いた。で「今バン
ドにピアノがいなくて、そう、みえちゃんピアノ弾けるよね、今度手伝ってくれな
いかなぁ」って言ったのです。私のピアノを聞かせた事もないのに、突然でびっく
りしたけど、事はトントンと運び気がついたらバンドの正式メンバーになっていま
した。それが始まりでした。
あの日授業サボって渋谷に行かなかったら・・あの道を通っていなくて松浦君に会
わなかったら・・バンドに入っていなかったかもしれない。イヤ、そんな事ない。
何が何でもバンドには必ず関わっていたに違いない。その後、いくつものバンド活
動をしましたけど、最初のバンド「サーカスタウン」は、やっぱり思い出がいっぱ
いあります。
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(みょ〜Vol.44)[1996/07/15] ●引越には転校 |
父の仕事のおかげで私はたくさん引越をしました。今まで住んだ家は10くらいあり
ます。今でも同じ家にずっと住んでいると引越したくなります。引越するって事は当
然「転校」がありました。友だちとの別れは勿論哀しかったんですけど、とにかく
「転校」だなんて、初めての時はワクワクしました。でも楽しかったのは最初だけ。
次からは友だちとの別れの辛さが大きすぎて、とてもイヤでした。一日泣きわめいて
親に「転校したくない」と訴えた時がありました。引越の日、駅まで来てくれた友達
の電車が見えなくなるまで見送ってくれている姿を、涙が目にドッと出て全然見えな
かったという不思議な経験もしました。転校生って言うのはとにかく見せ物になって
しまうので楽しいやら面倒くさいやら。何度か転校を経験して、ある時、何か楽しま
なきゃと思い、次転校する時は「違う人格でいってみようと」計画しました。活発だ
った私は新しい学校で「おとなしいタイプ」として演じてみました。稚内に転校した
時です。次の転校まで半年間、私は「おとなしい、静かな」子として演技していまし
た。最初は想像以上に疲れました。家に帰ってきて本当の自分に戻って生き返ってい
ました。だけど、演技って恐ろしいもので、その内、だんだん、そうなってしまった
のでした。今ちょっと無口なのは、その時の名残だと思われます。話さないようにし
ている内に、あの学活で男子を負かすほどの「うるさい」私が、だんだん自分の思う
事を言葉で言うのが下手になっていきました。演技するって、こういう感じでしょう
か。役者の方々は大変ですね。だけど高校生の頃には何とか普通の女子に戻っていま
した。ちょっと戻り過ぎだったかも。今でも高校の時のクラス会に行くと「お前の笑
い声には参ったよ」って男子が困った顔をします。
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(みょ〜Vol.43)[1996/07/15] ●日課 |
幼稚園(正確には保育所)時代と小学生時代、同じ日課がありました。それも、自分
で「する」のではなくて「される」日課です。その名も「あいさつ」またの名をkiss
といいます。ほっぺにkissです。幼稚園の時は、隣のクラスの「車谷(くるまたに)
くん」彼はとても体格が良くて、ジャイアンみたいでした。入園して少したってから
遊んでいる時、突然されてしまって、その日から、卒園するまで毎日でした。私は他
にいいなと思っている人がいたので不愉快でした。母に相談すると「アメリカでは、
あいさつだからねぇ」と言うだけ。まともに受けてくれません。社会に出て間もない
私は、明るく何気なく毎日しに来るデカい「車谷くん」に逆らうのが怖かった。これ
が世間の厳しさだと我慢していました。でも、その内、日課になってしまって、何と
も思わなくなっていました。それどころか、されなかった日は、家へ帰った時「今日
はされなかった」なんてトップニュースとして報告していました。そんなこんなで、
私は小学5年生、網走でのこと。「陽子ちゃん」というボーイッシュな女の子が別な
クラスに転校して来ました。彼女はショートカットで痩せていて背が高くて言葉使い
もサバサバしていて、そう、宝塚の男役の人みたいでした。何故か私の事が気に入っ
たらしく、毎日、違うクラスなのに休み時間になると、わざわざ私の所にkissしに来
るのでした。人目も気にせず本当にアメリカみたいに。「陽子ちゃん」は風が通るみ
たいにサッという感じでした。ほっぺならいいんだけど(いい?)誰も見ていない時
は、ほっぺじゃ済まないのでした。今考えると、危ない危ない。両方とも、よーく覚
えていますが、私は「陽子ちゃん」の方が優しかったので、そっちの方が楽しかった
です。なんだ?楽しかった・・・って。
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(みょ〜Vol.42)[1996/07/15] ●顔に見える |
子供の頃からこの世にある全ての物が私には、ひとつひとつ「人の顔」に見えます。
うまく説明できないんですけど数字ひとつにしても「顔」に見えるのです。
例えば?と尋ねられても答えが苦しくなるんだけど「顔」なんですよ。「顔」。
私の事を見ているような、話出しそうな「顔」が、そこにあるんです。
文字も、車も、家具も、小物も、なんでもです。私と同じ気持ちの人に
会ってみたいなぁと思います。そして「そう、そう」って言い合いたいです。
そんだけ。
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(みょ〜Vol.41)[1996/07/15] ●大人になりたくない |
私は今一応大人という事になっていますが、10代の頃みんな大人なっぽくしたく
なる時があったようです。でも私は違った。
イヤでも大人になる日がやってくるのに大人っぽくしたいなんて全然思わなかった。
タバコを吸ってみたり、お酒を飲んだり、大人っぽい服装をしたり、そういう事を
して楽しいと感じる人がいたけど私はしてみようかなとも思わなかった。憧れもし
なかった。実は今もそれらはしていない。
20歳を過ぎても好みは何も変わらなかった。どうもブランド品とか興味がないし
「お姉さん」の格好はした事がない。少年のようなのっていいなぁって思う。
今でもティーンズコーナーに行っちゃったりする。後ろから見たら小学生だぞ。
それって詐欺だ。犯罪かもしれない。
『旅情』という映画を観ましたか?女性は何歳になっても「少女」なんだよ。
って都合のいい事を言う。
ちょっと変かもしれない。でも、いい。着たいから着るんだ。年齢とかでこ
うしなくちゃって言う人いるでしょ。私はかまうもんかって、やっちゃってます。
そういうところが世の中の人に、ご迷惑をお掛けしているのかもしれないけど、
好きこそものの上手なれだ。ちがうか。
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