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みょ〜に気になる
column コラム
What I feel funny about


Back Number●
第8巻(071〜078)
これが最後
萩と荻
うそ
剃るな
もう日記は不要
じゃないですかじゃない
ノートん?
がんばらん

第7巻(061〜070)
誰かのために
映画とクロさん
日本の夏
規則正しい
すすぎすぎ
無口な私?
補導の思い出
自慢話
にくい肉屋
無理しなくてよかったのに
第6巻(051〜060)
みんなイヤがる歯医者
お箸
やじるし
「夢」
ちょ〜紫
酸化
正義は勝つか
音にうるさくない
こー食べる
まだ大丈夫
第5巻(041〜050)
大人になりたくない
顔に見える
日課
引越には転校
バンドの最初
玄米のパワー
ありがとバカボンパパ
それは損なんだ
も〜カルシウム
チュウチュウ
第4巻(031〜040)
あこがれのアメリカ
レジで我先と走る人
何年たっても
いいんだか
貼らずのシール
髪は長いお友達
ちょっとできない
さわれない
スロージンフィズ
ぴーちゃん
第3巻(021〜030)
UNIQLO
言ってくれなきゃ
メイクの命
ど〜してもやっちゃう
長生きしたいのは
電気蚊取り
永谷園
真似しない
ふわふわじゃなくていい
雨戸
第2巻(011〜020)
ダブルよりシングル
手をつなごう
Fromタンザニア
ケーキ
人にやさしい
中指の感覚
憧れの近眼
Netscapeさん
日本は長いね
今は美味しい
第1巻(001〜010)
カボチャは怪我をするぞ
資生堂CS&CRに限る
老いるスピード
CMのセリフ
あなた整形したでしょ
お年寄りは薬が大好き
冬はちゃんと暖房かけよう
やたらめったらかけないで
ほっとかないよ川口君
占いは嫌い




(みょ〜Vol.78) [1999/09/22]
がんばらん

よく使われている言葉。「頑張る」とは何でしょう。それによって力が出ますか? では「頑張ってね」とは何でしょう。それを言われると力が出ますか? あのテクノアーチスト『電気グルーヴ』は「頑張ってを言わないプロジェクト」のようなものを組んでいました。

日本では美化されている「頑張る」や「根性」や「努力」ですが、なんと ブラジルでは恥ずかしい事とされているそうです。 ブラジルの人は、手を抜けと言っているのではありません。 ブラジルの人は、頑張ってないワケじゃありません。 何かやろうとしている人で、頑張らない人はいないし 向上しようと思っている人に努力しない人もいません。 「頑張る」を前に前に出すのは、ちょっと違うよと言っているのだと思います。

「頑張ったから、良い」とか「気合入っていたから、良かった」なんていうのは、ダメになる原因じゃないでしょうか。結局、甘えの素とも言えます。 1位の人は、もっとやったのです。 つまり負けた人は1位の人より努力が足りなかったという事ですから。「頑張った」を誇りに思ってる人ほど「頑張ったのに」という気持ちが強くて、伸びないのでは、ないでしょうか。

 「頑張る」は人にアピールするものじゃない。
 「頑張る」は美しいものか。

応援したい時は“頑張って”じゃなく「応援してます」でいいのではないでしょうか。 または「楽しんでね」でもいいかもしれません。楽しめなんて最高の贈る言葉じゃないでしょうか。 「頑張る」じゃなくて「楽しむ」。様々な困難も苦しみも、ある意味楽しんでいるのです。 面白ろがる。そういう気持ち。大好きです。そういえば「ガンバ大阪」の“ガンバ”ってなに?。




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(みょ〜Vol.77) [1999/05/25]
ノートん?

巨人の昔話。ミーティングが終わり感想文を書いて来いと課題を出され。どの選手もレポート用紙にぎっしり何ページも書いて来たけれどミスタージャイアンツ長嶋さんは『よくわかりました』と、たった一行だけだったという笑い話として伝わっている有名な話があります。

Apple社の会議中せっせとノートとっている人を見つけ「君出て行ってくれ明日から来なくていいから」とジョブズ氏がその場で即刻クビしたという話もあります。メモ取らないと覚えられないような奴は不要だとさ。

ある作曲家は曲が思い付いたらノートやカセットにはとらず一度忘れてみるそうです。その後そのメロディが思い出せなかったとしても、それはそれだけの作品だと言うのです。

学生の頃ノート取る時は先生の話はそっちのけです。そのくせ後でそのノートを見返すなんて事はやった覚えがありません。何故だか「ノートをとる」という作業は良い事してるような錯覚があります。「偉いぞ」「ちゃんとしてるぞ」という感じ。「これで大丈夫」というような安心感もあります。横で一生懸命ノートとってる人がいると、とってない自分に焦りを感じたりします。でも、それは逆のような気がします。

ノートなんかとらなくても大切な事、興味のある事、知りたかった事は覚えているものです。とらなかったんだから、しっかり覚えようとします。忘れてしまうという事は、それだけの事だったという事であります。過去や今を未来に残すという気持ち。残さなければと焦る気持ち。消えてなくなる事がすごく怖い。みんなそんな気持ちなのはわかります。だけどほんとに大切なのは『今』なのです。はい、ここノートにとってね。




(みょ〜Vol.76) [1999/02/09]
じゃないですかじゃない

いつだったか新聞に出ていた。 不快に感じる話し方の1位は「自分はコーヒー好きじゃないですか」というように 使う『〜じゃないですか』とのこと。 丁寧に話しているように聞こえる、あれが不快だと。 テレビで低姿勢で話す人がよく使っている、あれが最悪なんだと。 ちょっとビックリ。 だけど、それを知ってしまった以上その瞬間から無視するワケには行かなく なってしまいました。それが耳についてしょうがなくなって 「あっ、また使ってる、この人、不快に思われてるぞ」と必ず思ってしまうのです。

驚いた事にホントに皆さんよく使っています。 政治家も。ちょいとした評論家も。才能も学もある人も。パッパラパーも。 おしとやかな女性も。コギャルも。 そりゃあもう使わない人を探すのが大変なほどです。

なので私は使わない事にしました。言えません。言わないぞ。 「私は女性じゃないですか」じゃなくて「私は女性ですから」です。 すごく簡単です。後者の方が文字数も少ないし不快にさせないんだし 良い事ずくめです。

それと、もうひとつ。NHKで特集を組まれていた『疑問形の話し方』です。 「文章の語尾が上がる」あれです。 その話し方が増えているそうです。 自分の話しに自信がなくて疑問形にしてみる事で相手の同意を求めつつ。 という心理から来るらしいです。 どこかの重々しい会議を別な取材という事で撮影していたのですが、 その話し方が出るわ、出るわ。笑ってしまうほどでした。 これも気になって、どんなに、もっともな素晴らしい事を語っていても 「疑問形話し方」だとポイント低くなってしまいます。

言葉は文化で変化していくものなので間違いなんて存在しないのかもしれない。 どう話したって自由なのさ。でも私の中で、みょ〜に気になって「言えない、使えない」事の、ひとつ なのです。

それと、人によって癖になって頻繁に使っている言葉ってあるものです。 有効な使い方になってないのに文章の頭に必ずその言葉を、やたら、つける人がいます。 それを言いながら続きの文章を考えてる、というような。

「なんか」「たとえば」「いわゆる」
「よーするに」「まさに」等の言葉です。

全然「よーするに」じゃないぞ、って感じで必要以上に使ってワケわからなくなっています。 でも「まーそのー」は可愛いね。友達は「世界」を“雰囲気でひっくるめる時”に使われているのが 許せないと言っていました。「って感じー」っていうのも、そうかもしれない。 「〜みたいなー」も、そうだ。 なーんて、私が偉そうに言える事じゃないじゃないですかね。。。じゃない。



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(みょ〜Vol.75) [1998/10/19]
もう日記は不要

未来は何でも、ありです。考えるのは自由です。 きっと未来は感情感想抜きの「あった事柄を書くだけ」タイプの日記なら、書く人が減るんです。 どうも日記は続かないと三日坊主の得意な人は落ち込まなくても済むでしょう。 それは「音声付き目線カメラ」の登場です。 最初は、いかにも“付けてる”というほど大きい物だろうけど 段々大きさも改善され目の中に埋め込み式、なんてのも出て来るはず。 オギャーと生まれた分娩台の上で「へその緒」を取るのと同様に その目線カメラ埋め込みも当たり前になったり。 もっと調子に乗ればお腹の中の胎児に取り付けも可能でしょう。

とにかく自分の見た物の全てを自動的に一生記録するワケです。 映画『トゥルーマンショー』だろ、いや、あれは、その人“を”記録したものです。 そうじゃなくて、これは、その人“が”見たものです。

○授業のノートを取る必要もない。
○うまくいけば眠ってる間の夢も記録できるかもしれない。
○立ち読みも短時間で済み、後でゆっくり読み返せる。
○物忘れなんて怖くない。
○どっちが先だ、の著作権問題だって一発解決。
○目撃証言もアリバイも完璧で悪い事はできない。
○映画だって何度も繰り返し見れる。
○楽しい事、悲しい事、美しい物、醜い物、鮮明に残る。

優秀な発明王のデータならば何を見て何を学習して来てそういう発明ができたのか、とか、 同じ病気にかかった人の統計も取れる、など、 様々な分野の貴重な資料となるでしょう。 映画『トータルリコール』みたいに レンタル可能になり、違った人生を目で味わう事もできたり。 もっともっと有効な使われ方もたくさんあるでしょう。 生まれてから死ぬまで。そのまま自叙伝。 保存もVHSテープのようなガサばるものじゃなく想像を超えるほど小さい。

反対に、ちょっと不便なのは。
●鏡を見るか写真を見ないと自分の姿は映らない。
●目をつぶってしまうと真っ暗画面になってしまう。
●何度も自分の気に入った部分を繰り返し見るとお気に入り部分によってはアホ丸出し。
●80才までの一生を全部見るのに標準モードで再生すると80年かかってしまう。

それにきっと、これにまつわる悪徳業者も出て来るでしょう。 その辺のところを十分研究してプライバシーが守られれば楽しい物になること間違いなしです。 「過去を振り返るな」と言うけれど「人生いろいろ」なんだから人の数だけドラマがあるだろうし。 歴史上の人物ならともかく何かを残さなければ消えてなくなる自分の存在がちょっと寂しいな、 と思うと、そんな未来を考えてニヤニヤしている、今日この頃。



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(みょ〜Vol.74) [1998/02/19]
剃るな

男性の「まゆげ」。私は声を大にして言いたい事のひとつです。

私は「男なのに」なんて言うのは間違っていると思うし、 今の世の中、男性も好きなように、飾ったりする事は、全然悪い事じゃないと思います。

茶髪にしてもいい、ロン毛にしてもいい、ガンガンに焼いたっていい、化粧してもいい、マニキュア塗ったっていい、 スカートはいたっていい、泣いたっていい、整形したっていい、何してもいい。 だけど、だけど「まゆげ」だけは、そのままに、しておいて下さい。 他の事は、何も言いませんから、どうぞどうぞ「まゆげ」だけは。

薄いとか細いならば描き足してもいい。塗ってもいい。植えてもいい。つけ毛してもいい。 増やす分には全く問題ない。 ブラシで整えてもいい。水つけてなでてもいい。ピアスなんかで飾ってもいい。 しかし、減らす事を、してはならないのです。 剃ったり抜いたり、してはダメなのです。そんな事するなんて、もったいない。本当に残念です。 右と左の「まゆげ」がつながって1本になっててもいい。というのはウソ。 そういう場合だけ真ん中を剃る事を許可しましょう。

「怖い顔」に見せたい為とか、「その道の人」に見せたい為ならば、 しょうがないでしょう。 しかし、それ以外は許しません。「かっこいいから」だなんて、もってのほかです。 「かっこいい」と思って、細くしているなんて、 自分で鏡を見ているうち、抜いているうち、マヒしてきて、 カッコ悪くても、わけわかんなくなっているんです。

自然な「まゆげ」が一番です。素敵なんです。 男性は、より太い「まゆげ」が、いいんです。 つまり、私は、大好きなんです。そういう事です。



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(みょ〜Vol.73) [1998/02/06]
うそ

「うそ」をついた事あります。そりゃあ人間ですもの。だけど人に迷惑をかけるような「うそ」と言えば。 小学生1年生の時の「掃除着袋を隠しちゃえ事件」です。 教室の後ろに掛けてあった美佐子ちゃんの掃除着袋を、ふざけて3人で隠したんです。 そんな大きな意味は、なかったんですが。そのまま戻すのを忘れて下校しました。 次の日、緊急学級会です。掃除着袋は、すぐ見つかったのですが学級会で先生が 「やった者は正直に言いなさい」と言いました。 教室中ガヤガヤです。「誰だよ」と怒る男子もいました。こりゃあ大変だ、と思ったけど。 私達3人は手をあげる事が、できませんでした。 他の2人は上手にトボけています。私も、2人から見ると上手にトボけているように見えた のかもしれない。とにかく、言い出せなかった。 すごく苦しい瞬間でした。「うそ」をつくって、つらい事なんだなあ、と思いました。 「うそ」と言うか掃除着袋を隠した時点で大変な罪なんだけど。 とにかくその学級会の時間に正直に告白できなかった事は、とっても苦しいものでした。 アリバイとか、そんなことからも先生は、うすうす気がついていたらしいのですが。 学級会後、私達が自首しに行くまで先生は待ってました。 もちろん先生に怒られました。しかし怒られた事は、ほとんど印象になくて、 とにかくトボけている時の何とも言えない苦しい気持ちを思い出します。 逃亡犯人が、道ばたに立ってる「紙で出来た警官」の絵を見てもドキッとするとか、 何てこともない物にまでビクビクするほど、心に、やましい事がある時は、苦しいものです。 「うそ」って、苦しいものなのです。(うそ)X(うそ)=(ホント)になる事も、時には、 ありますが。「うそ」つくと、その「うそ」を守る為に、また「うそ」つかなきゃならなく なったりして。倍々ゲームです。しかし大人の間では「うそも方便」と言って時には「うそ」で救われる事もあります。 「うそ」の記事を売り物にしてる新聞だってあります。 みんな「うそ」をつくから「うそ発見器」なんて物もあるんです。 「記憶にございません」って言えば「うそ」にならないと思っている人もいるようです。 ユーモアな楽しい「うそ」もあります。 カードゲームは「うそ」の顔“ポーカーフェイス”が勝負を左右するし。 「ダウト」なんてゲームもあります。 「うそ」が滅亡すれば「うっそー」という言葉も使えなくなっちゃうし。 なによりエイプリルフールが、なくなっちゃうと寂しい。でも「うそ」って、どして真っ赤?。



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(みょ〜Vol.72) [1998/01/05]
萩と荻

小学生の頃から、気になる文字のひとつ。それは『萩(はぎ)』と『荻(おぎ)』です。 パッと見にはどっちだか分からない、この文字。とても気になります。 小学5年の時「萩尾(はぎお)」さんという人が転校して来ました。そういう名字の人が初めてだったので私は 、しっかり覚えたし、この名前は、もう読めるぞ、クリアだ、と自信を持ちました。 しかし高校になって同じ剣道部に「荻野(おぎの)先輩」という人が現れた時、焦りました。 似てるけど違う字だ。これは気を付けなければいけない。 もしかしたら今まで「おぎ」を「はぎ」と読み違えていたかもしれない、と、ゾッとしてしまうほどでした。 東北の方で有名な「萩の月」というお菓子もあります。 最近では冬のオリンピック「荻原」兄弟という人も出て来ました。 芸能界だって、長野パラリンピックの閉会式司会の「萩本」欽ちゃん。 女優の「萩尾」みどりさん。和久井映見ちゃんの御主人「萩原」聖人さん。 お仕事では「萩生」さんという方もいらっしゃいます。 人様の名前というのは間違えてはいけない、というのが一番の基本でございます。 なのに、よーく見ないと、どっちだか分かり難い、この文字のつく人が登場する度、 とっても緊張します。頭の中で声を出して読んでいます。というお話でした。



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(みょ〜Vol.71) [1997/12/05]
これが最後

「一生口きかない」なんて喧嘩の文句が、あるけれど。「一生しない」なんて すごい事。交通事故を起した歌舞伎?の人が「一生、車の運転も、酒もやりません」って 涙ながらに誓ってました。“一生”って使うと、すごい決心してるんだよ、と言っている事なのだ。 でもこれは事が済んだ後にする決心だから今から考えると最後だった瞬間を実際やっている時は 「これが最後」だなんて考えてもいなかった場合です。 そうじゃなくて。

日本人で初宇宙遊泳したばかりの、今、宇宙にいる土井さんは、もう多分、宇宙に行くチャンスはないかもしれない。 順番もあるし。行けるだけですごい事だけど、きっとこれが最初で最後です。違うかな? 土井さん自身も、そうかもしれないと思っているでしょう。 旅先で前の席に座った人と軽い会話を交わして何気なく別れる。 でも考えると住所交換してるわけじゃなし、もう二度と会えないだろう、と思う。 北海道の富良野のおばあちゃんが、いつだったか東京に遊びに来た時「これが最後かな」なんて 言っていた。言っていたけど、その後も何度か来れた。 人間、これが一生で最後だと思うと、とても貴重に思えます。 「一期一会」という映画のタイトルでもある言葉がありますが、いつでもこれが最後だと 思っていると、かみしめると言うか大事に出来そうです。 小学生のある時ある場面で、この場所も風景も一生で見るのはこれが最後だろうと確信した瞬間が ありました。ただ遊んでいただけなのに。すごくそう感じてしまい今のこの状況を 心に残しておこう、写真を撮るように目に焼きつけておこうと思いました。 何の事はない時にでも時々そういう事を感じます。 そしてすごく寂しい感じがします。 引退もそう。野球選手だってお相撲さんだって、引退は寂しい。 今後もその職業に関わって行くかもしれないけど選手としては最後です。 今まで命かけてやってきた事に「さようなら」。今までの苦労とか喜びとかが 思い出になってしまうワケです。言い表わせない気持ちです。でも、いつかは引退。 最後の日というのが必ず来ます。 そう言う、これが最後という時も何にでもあります。最後の時に「悔いはない」と思えるのが一番良いけれど。 悔いがあっても、又それはそれでいいと思う。どっちじゃい。 でも本当の「これが最後」だと思われている死ぬという事が一番最後ではありません。 死んだ後、皆の心の中から忘れられてしまう時が本当の最後の最後です。だってさ。



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(みょ〜Vol.70) [1997/11/17]
無理しなくてよかったのに

あまりに大変な、すごい事をしてもらった時に出る言葉で「無理しなくてもよかったのに」があります。 私は多分1度も言った事はありません。ないどころか、これを誰かが言っているのを聞くと、ちょっと腹が立ってしまいます。 だって、それを言った人は、これが“ねぎらいの言葉”だと思って使っているようですが、とんでもない大間違いです。 事をする前に「無理しないでね」と言うならわかりますが、もう事は済んでいるんです。 つまり無理した後なんです。例えばAさんが急いで息もハーハーしながらBさんに何かを届けに来たとしましょう。 Aさんは、もうハーハーしてここにいるのです。Aさんは無理した後なのです。Aさんの無理はもうやってしまった事なのです。 ハーハーしながら「はいどうぞ」ってBさんに急いで渡そうとしているのです。 なのに受け取るBさんに「そんなぁ無理しなくてもよかったのに」と言われたら、そのAさんの急いだ事実はどうなるのでしょう。 Aさんのハーハーは何にも報われない。何だかAさんは怒られているみたいにも感じる。 良かれと思ってした事なのに、そんなに急いで馬鹿じゃないの、という意味にも聞こえる。 言っている方は「ありがとう、ごめんなさいね」という感謝と謝罪の意味に使っているかもしれないが、 大変なあぁ勘違いの日本語です。「無理しなくてもよかったのに」だなんて。そうです、ただ一言「ありがとう」と 言えばいいだけの事なんです。余計な事言わなくていいんです。 つい余計なことを言うのが好きならば、急いでなかったとしても「こんなに急いで下さって助かったわ」 と言えばいいんです。そう思いませんか?



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(みょ〜Vol.69) [1997/11/10]
にくい肉屋

計り売りの肉屋さんに行くと、例えば、私が「200g下さい」と言ったら、 肉屋の人は計りにお肉を乗せて申し訳なさそうに「ちょっとオーバーしますけど、いいですか?」と来る。 見ると計りは208gを示している。「いいですか?」と尋ねているのにもかかわらず申し訳なさそうな声色しているのにも かかわらずピッタリ200gに近付けようと計りから肉を戻そうという態度は、これっぽっちも見られません。 逆にもう包みに取りかかろうとしているようなのがミエミエであります。 この道何年だか知らないけど200gジャストにする事は難しい事なのだろうか。 その短い間に私の頭は100g130円だから200gで260円だなと思っていたのが270円くらいになるのか、と計算する。 10円の違いだ。「いいえ1gもオーバーしてもらっては困ります」と言っても何もこっちは悪くないのに、 つい「いいですよ」と返事してしまう。「だめ」と言うのも何だか面倒なのである。 かっこ付けてるワケじゃないんだけど「えぇどうぞ」って許してしまう。 いや、たかが10円じゃないか、私はガタガタ言わないぞ、と気取っているのかもしれない。 などと、そんな人間の心理を上手くついた肉屋さんの偉大な作戦である事に気が付いたのです。 そうこれは“たまに起こる事柄”のようでいて、実は毎回そうなのであーる。 そして、みんなに起こっている事なのであーる。“ちょっとオーバー”を年間合計すれば、相当なものであーる。 肉屋さんも、なかなかやるのであーる。よっ!にくいよ!(97.08.25日記参考)



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(みょ〜Vol.68) [1997/11/06]
自慢話

人間は自慢話が好きです。そんな事ない、なんて思っていても多かれ少なかれ大なり小なり 気が付くと自慢話をしています。どんな奥ゆかしい人だって自慢したくなる話しを1個くらいは持っています。 可愛い自慢話なら、うらやましがられて会話もはずみます。 自慢話をしているのがお得意様なら聞いている営業マンにとっては持ち上げる絶好のチャンスです。 そんな便利な役目もしてくれます。でも自慢話というのは残念ながら本来、良いイメージではありません。 調子に乗って自慢話ばっかりしていると確実に嫌われます。友達がいなくなってしまいます。 高慢ちきとか言われてしまいます。 誰もが自分で言うのは好きなのに人のを聞くのは好きじゃない。世の中うまく行きません。 「自慢話の部屋」なんていう掲示板作ったら書込みが多いかもしれないです。 でも人のは読まないかもしれません。いや人の書込みを見て「なーんだ自分の方がもっとすごいよ」 とドンドン上が出てくるかもしれません。私も「こんな事あったよ」なんて自慢話をする事あります。 そこでチャレンジジョイ。堂々とここで自慢話をしてみます。 言うと「すごい」とほめられる、うらやましがられる事をいくつか書きます。 うわっ。やな奴。と思う方は、ここで目を閉じたり天井でも見て下さい。 この下には私の自慢話がたっぷり書いてありますので、ここで読むのを終了なさって下さい。 事によっては全然自慢になっていないのもあるかもしれませんけど。一応ちっちゃい字にしました。気持ちは控えめ。

■顔は父に似ている。 ■北海道出身。 ■髪が生まれつき茶色。 ■足つった事ない。 ■ビデオとかの配線が好き得意。 ■貴金属もブランドもんも興味がない。 ■歯医者が好き。 ■足が細い。 ■魚さばける。 ■テレビに出た事ある。 ■ラジオに出た事ある。 ■新聞に出た事ある。 ■母親がすんごく若く見える。 ■数学が好き。 ■体がやわらかい。 ■気にしない。 ■両親の誕生日には毎年電報を贈ってる。 ■クレジットカードを作った事ない。 ■物持ちいい。 ■久保田利伸のファンクラブ入ってた事ある。 ■色が白い。 ■字が見やすい。 ■タップダンスやってる。 ■どっかで見た事あるとよく言われる。 ■メカに強い。 ■剣道2段。 ■でっかいワゴン車も運転できる。 ■何度も金縛りにあった事がある。 ■中学の時サッカー部のマネージャーしてた。 ■保育園の学芸会で主役の牛若丸を踊った。 ■弟はテレビ朝日。 ■キタキツネを見た事ある。 ■醤油なし刺身、ソースなしトンカツ食べる。 ■ハービーハンコックと握手した事ある。 ■本を読んだ事ほとんどなし。 ■血圧が「下50-上80」だった事がある。 ■定規がなくてもまっすぐ線が引ける。 ■小学中学高校と音楽は「5」。 ■足はだんびろじゃないし甲高じゃない。 ■髪の毛がすぐ乾く。 ■卵片手で割れる。 ■車庫入れ得意。 ■角松敏生のバックバンドメンバーだった。 ■回転寿司20皿食べた記録。 ■越前屋俵太の良さがわかる。 ■タモリの良さがわかる。 ■くじ引きで一等よく当たる。 ■なんでもハモれる。 ■生まれてこのかた10回以上引越ししてる。 ■チャリンコ超ゆっくりこぎできる。 ■家のそばで野生のタヌキを目撃。 ■炊きたてのご飯3合をご飯だけでイッキに食べた事ある。 ■小学生の時IQ=180だった。 ■救急車に乗った事ある。 ■10時間は眠れる。 ■陽に焼けない為なら何でもする。 ■バトンガールやってた。 ■小学生の時、新聞に作文載った。 ■秋葉原で部品買ってシールドを自作した。 ■坂田歩きができる。 ■中学のブラバンでクラリネットやってた。 ■車に酔った事ない。 ■小学校の音楽の毎授業、先生の代りにピアノを弾いていた。 ■叔母さんの友人に小島太がいる。 ■魚の血合いのとこが大好き。 ■網走にも住んでいた。 ■なんでもピアノですぐ弾ける。 ■COBOLのプログラマしてた。 ■北海道の富良野に親戚いっぱいいる。 ■ホチキスを指に打った事ある。 ■骨折した事ない。 ■96年の初めmosaicやカメレオンでインターネットしてた。 ■階段を1個とばしで超スピードで降りる事ができる。 ■ほとんどのタレント名を知っている。 ■一瞬で転調してピアノで弾ける。 ■アフリカ人、香港人を東京案内した事ある。 ■ラーメン屋で塩抜きの塩ラーメンを頼んだ事ある。 ■トイレが遠い。 ■指が長い。 ■PENTAXの社内報で「社長と対談」 ■そろばん検定で全国1位、何故なら満点だったから。 ■楽譜が読めない。 ■自分に都合のいいように考える。



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(みょ〜Vol.67) [1997/10/14]
補導の思い出

補導、それは、家出人か、万引きか、はたまた、不良少女か。 私には縁のない響き。ところがどっこい。実は、あるんです。補導された事が。 正確に言うと補導“されそうになった”と言うべきでしょうか。 それは平日の昼間、デパートで買い物していた時でした。 後ろから優しい声で「こんにちは」と。振り向くと大きなお姉さんが微笑んでいました。 「こんな時間に何してるのかな」って聞いてきた。余計なお世話じゃい。買い物じゃい。 と思ったけど、何だか怪しい人達なのでキョトンとしていた。目をパチクリしてしまった。 そしたら、つづけて「てっとり早く言いますね、今、補導してるのよ」だって。 私服婦人警官だぁ。横には部下みたいな人を連れている。 どおりで、ピンクのスーツなんか着て、ショルダーバッグなんか持ってるけど、 いい「がたい」してるもんなあ。柔道とかやってるんだろうなあ。剣道かなあ。 あ、そんな事に感心してる場合じゃなかった。 あやややや。無実だー。私は悪い事してないー。中身がどうであれ、短大にだって通っているじょー。 そう、それは19歳の時だったのです。なのに、あわててしまう。堂々と言えばいいのに 「あ、あの、19ですけど」が小声になってしまった。 「あら、そう?じゃあ身分証明持ってる?見せてもらえるかしら」ときた。 学生証出そう。免許証でもいいや。あわてる事ないのに、何だか、オロオロしてしまう。落ち着くんだ。 バッグの中を、探しまくって、あった免許証。やっとこ差し出したら「あらホントだわ」だって。 ほら、見ろ。嘘じゃないぞー。まいったか。 「中学生に見えたので、ごめんなさいね」だって。 「でも、まあ若く見える事は、女性にとって良い事よね、ほほほ」だって。 そして「じゃあっ」と言ったかと思ったら、すみかに、にこやかに去って行きました。 残ったのは免許証持ってボーッと立ってる私。 とりゃー。びっくりしたじゃないかー。この、焦りまくった気持ちを、何とかしていけー。 若く見られるという事は、こんなにも良い事?。そんな補導の思い出です。



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(みょ〜Vol.66) [1997/09/24]
無口な私

私の事を「無口な人」とか「おとなしい人」と思っている人が多いみたいです。 何故かというと、私がしゃべらないから。そりゃそうだ。 でも無口な人ではないです。おとなしい人でもないです。自分がよく知っています。 物まねだってするし、バカ騒ぎだってするし、ダジャレなんかも連発するし、踊るし、そりゃあもう騒がしいです。 だけど、話が「はずまない人」と「はずむ人」がいます。 「はずまない人」の前では“おとなしぶってる”ワケではないのに口数が減ります。 「はずむ人」と「はずまない人」の違いは、ウマが合う合わないと言うのでしょうか、ウマく説明はできませんが、 「はずむ人」には、言葉がスラスラ湧き出て来るので、自分の言いたい事を、すっきりと気持ち良く伝える事ができます。 だから「はずむ人」には自然と会話が増えます。 相手によって違うなんて態度を変えているみたいで二重人格みたいで イヤな感じですけれど。そんな意味ではなくて。です。 その「はずむ人」に「私は皆から無口な人だと思われているんだよ」 と言うと「誰が?」と言われます。ひえん。(1997.04.22日記参考)



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